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石狩沼田幌新事件 [2020/06/09 19:14] moepapa |
石狩沼田幌新事件 [2025/01/06 19:54] (現在) moepapa |
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- | もはや国民食とも言えるほどに生活に根付いている食品であるラーメンの、 | + | |
- | 特に代表的な3つのご当地ラーメンです。 | + | 三毛別羆事件に次いで日本史上2番目に大きな被害を出したと言われる獣害事件で |
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+ | **石狩沼田幌新事件(いしかりぬまたほろしんじけん)** | ||
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+ | です。 | ||
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+ | 三毛別羆事件同様、大正時代の頃だったため、猟友会も無ければ、熊対策グッズもない、家も今のように鉄筋作りの頑丈な家などないため、ひとたびヒグマのような猛獣に狙われると、人間たちは人数がいても無力だった時代ですね。 | ||
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+ | そのため、原因となった熊が一頭でも、恐ろしいほどの被害が出ていたことがうかがえます。 | ||
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+ | せめてこんな危険な熊生息域に住む人々には銃が配られていたら・・・。 | ||
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- | ===== 札幌ラーメン(北海道) ===== | ||
- | 札幌ラーメン(さっぽろラーメン)は、北海道札幌市発祥のラーメン一般を指す通称である。ご当地ラーメン(ご当地グルメ)の一つ。 | ||
- | 2001年に札幌ラーメンを含む北海道のラーメンが北海道遺産として認定。 | ||
- | {{: | + | 石狩沼田幌新事件(いしかりぬまたほろしんじけん)とは、大正12年(1923年)8月21日の深夜から8月24日にかけて、北海道雨竜郡沼田町の幌新地区で発生した、記録されたものとしては日本史上2番目に大きな被害を出した獣害(じゅうがい)事件。ヒグマが開拓民の一家や駆除に出向いた猟師を襲い、5名が死亡、3名の重傷者を出した。 |
- | 豚骨などを煮出したスープに札幌の気候に合わせラーメンが冷めるのを防ぐためにラードなどを浮かべる場合が多い。このスタイルを始めたのは「龍鳳」の松田勘七で、「龍鳳」では味付けに主に醤油を用いた。これは、松田が戦前中国に住んでいた時に、日本人がどんな中国料理にも醤油を用いたがることをヒントにしたという。 | + | 事件の現場となった石狩沼田の幌新地区は、留萠本線の恵比島駅から北東4 - 8kmほど離れた地区である。地名の「ほろしん」は、地区内を流れる雨竜川の支流・幌新太刀別川(ほろにたちべつがわ、アイヌ語で「湿地を流れる大きな川」を意味するポロ・ニタッ・ペツに由来)の前半部をとったものである。 |
- | 元来のチャーシュー・メンマ・ネギなどの他に、タマネギ・キャベツ・モヤシなどの炒めた野菜を載せるのが定番となっている。 | + | |
- | 観光客向けに、カニなどの高価な海産物を具に使った1000円以上の高級なラーメンをメニューに載せている場合もある。 | + | |
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- | </ | + | ===== 事件の経緯 ===== |
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+ | 大正12年8月21日、沼田町内の恵比島地区で、太子講の祭りが開催された。日ごろ娯楽も少ない開拓地ゆえ、余興で上演される浪花節や人情芝居を目当てに、近隣の村落から多くの人々が詰めかけた。 | ||
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+ | 村民を熱狂させた祭りも午後11時半ごろにはお開きとなり、幌新地区の支線の沢や本通筋から祭りに参加していた一団も、夜の山道を家路へと急いでいた。一行が幌新本通りの沢に差し掛かったところ、小用のため50mほど遅れて歩いていた林謙三郎(19)が、突然現れた巨大なヒグマに背後から襲われた。しかし、まだ若い彼は死力を尽くして暴れ、帯や着物を裂かれながらも何とか脱出に成功する。そして恐怖に怯むこともなく、前方を歩く一団に急を知らせた。一方、先回りしたヒグマは一団の先頭部を歩いていた村田幸次郎(15)を撲殺し、幸次郎の兄・与四郎(18)に重傷を負わせると、彼を生きたまま土中に埋めた。そして、幸次郎の遺体を腹部から食い始めた。 | ||
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+ | パニックに陥った一団は、そこから300mほど離れた木造平屋建ての農家・持地乙松宅に逃げ込み、屋根裏や押入れの中に身を隠し、囲炉裏にガンピ(シラカバの皮)を大量にくべて火を強めるなどしてヒグマに立ち向かう手はずを整える。やがて30分ほど経過したころ、件のヒグマが幸次郎の内臓を食いつつ持地宅に現れ、ガラス窓から中をうかがい始めた。家人は座布団や笊などを投げつけて追い払おうとしたところ、ヒグマは玄関に回ろうとする。村田兄弟の父親・三太郎(54)は入れるまいとして必死になって戸を押さえていたが、ヒグマは戸を三太郎ごと押し倒し、屋内に侵入した。三太郎はとっさにスコップを構えて立ち向かったものの叩き伏せられ、重傷を負った。ヒグマは囲炉裏で盛んに燃え上がる火を恐れることもなく踏み消し、部屋の隅で恐怖に震えていた母親・ウメ(56)をくわえ上げると、そのまま家を出ていこうとする。三太郎は自らの深手も忘れ、半狂乱になってヒグマをスコップで打ち据えるが、意に介すこともなく向かいの山中へとウメを引きずっていく。ウメが助けを求める叫び声が2、3度響いたあと、かすかな念仏が何度も続けて聞こえてきたが、それも次第に遠ざかり、夜風に吹き消されてしまった。 | ||
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- | ===== 喜多方ラーメン(福島県) ===== | ||
- | 喜多方ラーメン(きたかたラーメン)とは、福島県喜多方市発祥のご当地ラーメン(ご当地グルメ)である。 | ||
- | 2006年(平成18年)1月の市町村合併前の旧喜多方市では、人口37, | ||
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- | スープは醤油味の透明な豚骨スープが基本で、あっさりした味わいである。豚骨のベースと煮干しのベースを別々に作り、それらをブレンドしたものを提供する店もある。醤油味がベースだが、店によっては塩味や味噌仕立てなど千差万別である。 麺は「平打ち熟成多加水麺」と呼ばれ、幅は約4mmの太麺で、切刃番手は12番および14番のが使われる。独特の縮れがあり、食感は柔らかい。具はチャーシューを主として、ねぎ、メンマ、なるとなどが一般的な構成である。 | + | 妻子を奪われた三太郎はじめ、避難民らは心身ともに苦痛に苛まれ、焦燥に駆られるばかりだった。しかし銃の備えもない農家ゆえ、屋内に閉じこもってわが身を守る以外に打つ手はない。むなしい思いの中で22日の夜が明けたところで、事情を知らない村民が持地宅のそばを偶然通りかかった。屋内の一団は大声で助けを求め、すでにヒグマが去ったことを聞きつけたうえで戸外へとまろび出た。近隣の藪の中で下半身をすべて食われたウメの遺体が見つかり、土中に埋められた与四郎も発見。まだ息があったため与四郎はすぐさま沼田市街の病院に送られたものの、容態の悪化により後日死亡した。 |
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- | 日本三大ラーメンに数えられる喜多方ラーメンにちなみ、ラーメン館といった喜多方ラーメンの土産店も市内には存在する。持ち帰り調理用ラーメンのほか、せんべいなど近い風味の菓子類などが販売されている。2014年には喜多方ラーメン専用のミュージアム、ラーメンミュージアムが完成。ラーメン神社も併設されている。 | + | 22日のうちに、惨劇は沼田町全域に知れ渡った。翌23日には、熊撃ち名人として名高い砂澤友太郎をはじめ雨竜村(現在の雨竜町)の伏古集落在住の3人のアイヌの狩人が応援に駆けつけた。そのうちの1人・長江政太郎(56)は凶悪なヒグマの話を聞きつけて憤慨し、「そのような悪い熊は、ぜひとも自分が仕留めなければならない」と、周囲が止めるのも聞かず単身でヒグマ退治に赴いたものの、山中で数発の銃声を響かせたきり行方知れずとなった。 |
- | ご当地グルメの喜多方ラーメンバーガーも存在する。これを提供している道の駅喜多の郷ではこのほか、スープで米飯を炊いた「ラーメン丼」、麺を生地にした「ラーメンピザ」などがメニューにある。 | + | 24日、在郷軍人、消防団、青年団など総勢300人あまりの応援部隊が幌新地区に到着した。さらに、幌新、恵比島の集落民のうち60歳未満の男子が残らず出動し、村始まって以来のヒグマ討伐隊が結成された。ところが、一行が山中に分け入ってまもなく加害ヒグマが現れ、討伐隊の最後尾にいた上野由松(57)が一撃で撲殺された。ヒグマは折笠徳治にも重傷を負わせ、咆哮を上げつつ別の討伐隊メンバーに襲いかかろうとしたが、現役除隊間もない軍人がとっさに放った銃弾が命中。さらに鉄砲隊が一斉射撃を浴びせたことにより、凶悪なヒグマもついに斃された。この現場のすぐそばで、23日に行方不明になっていた長江政太郎が、折られた銃と共に頭部以外をすべて食い尽くされた状態の遺体として発見された。 |
- | ---- | + | ヒグマが打ち取られた時点で村田幸次郎、村田ウメ、長江政太郎、上野由松の計4人が死亡し、林謙三郎、村田三太郎、村田与四郎、折笠徳治の4人が重傷を負っていた。 |
- | ===== 博多ラーメン(福岡県) ===== | + | |
- | 博多ラーメン(はかたラーメン)とは、主に福岡県福岡市で作られる、豚骨スープとストレートの細麺をベースにした日本のラーメン。主に福岡地方のラーメン専門店、中華料理店、屋台で提供される。 | + | |
- | {{: | + | 加害クマは、体長2m、体重200kgの雄成獣だった。解剖の結果、胃からは大きな笊一杯分にも及ぶ人骨と、未消化の人の指が発見された。 |
- | 味付けや色合いは店によって千差万別だが、基本的には豚骨主体の乳白色のスープと極細麺が特徴。豚骨を強火で沸騰させるため、骨のゼラチンなどが溶け出し濁ったスープになる。麺の硬さを注文する点や替え玉も当ラーメンの特色になっている。 | + | ---- |
- | ご当地ラーメンブームなどにより福岡市とその近郊を中心にラーメン店舗が増加・定着した。ラーメンツアー企画や「らーめんタクシー」サービスなど、福岡の観光スポットとしても人気を博している。全国展開や大阪や東京に出店する店舗や、全国のラーメンのフードテーマパークへの出店、有名店の名を冠したカップ麺の販売などによって、当ラーメンの知名度は全国的にも上がった。 | + | ===== その後 ===== |
- | 逆に当地においては、ラーメンスタジアムに参加した全国の有名ラーメン店が出店し、それらと融合する形でしょうゆ豚骨味や味噌豚骨味のラーメンが誕生、また九州内の久留米ラーメンや熊本ラーメンの影響を受けるなど、博多ラーメンもそのバリエーションを広げている。他店との差別化を図るため独自のサービスをおこなったり、独自商品を提供したりもする。 | + | このヒグマの毛皮は幌新小学校に保存されていたが、1967年に幌新小学校が廃校になったあとは幌新会館に移され、現在では沼田町郷土資料館に展示されている。また、重傷を負った林謙三郎は、その後一度も山に入らなかったという。 |
- | 繁華街の有名店や長浜地区のラーメン店では深夜営業や24時間営業の店があり、宴会の二次会や三次会、宴会のシメとしてラーメン店がよく選ばれる。また博多で人気の屋台の多くで提供される。 | + | なお、事件の舞台である幌新太刀別川上流部では、その後炭鉱が開発された。それに伴って山中に2千人以上の人口を有する小都市が生まれ、恵比島駅を基点とする留萠本線の支線・留萠鉄道も開通して大いに栄えた。しかし1960年代の炭鉱閉山とともにゴーストタウンと化し、現在では沼田ダム貯水池の底に沈んでいる。 |
- | JR九州の博多駅や小倉駅のプラットホームでは立ち食い形式で提供されている。 | + | 夏祭り帰りの一行が最初にヒグマに襲われた地点には、斃死した馬の死体が埋められていた。加害ヒグマは数日前よりこの死体を食べており、偶然現れた一行を「大事な餌を奪う敵」と見なし、排除に及んだのが事件の発端だと思われる。 |
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- | おもに福岡市中央区長浜の店舗や屋台のラーメンを指して、長浜ラーメンまたは博多長浜ラーメンと呼ぶ場合がある。 | + | ---- |
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- | 1955年(昭和30年)、現在の博多区築港本町にあった魚市場が長浜に移転、「福岡市中央卸売市場鮮魚市場」となる。それに伴い、「元祖長浜屋」「一心亭」など市場ラーメンの屋台も長浜に相次いで移転した。 | + | |
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- | おもに市場関係者向けであった長浜ラーメンの特徴は、競りの合間に食すため、素早く茹でられる極細麺、麺だけの追加注文の替え玉、豚骨を主な原材料としながらも、思いのほか軽めに炊かれたスープ、などとされる。 | + | |
- | 屋台でも店舗でも、各テーブルに『ラーメンのタレ・かえし』(主に替え玉でスープが薄まった時に入れる)『紅しょうが』『胡麻』が用意されており、客がこれらを用いて自分の好みで味や風味の調整を自由にできるスタイルになっている事が、食べ方の主流である。 | + | この事件といい、[[三毛別羆事件]]といい、これだけ人が殺されてきたというのに、熊と全面戦争をして滅ぼさなかったのは先人達が愚かという他ありませんね。 |
- | 元来、博多ラーメンと長浜ラーメンは別物であったが、近年はそのジャンル分けは難しくなっており、地元の比較的若い世代層ではほぼ同義語と捉えられている。長浜地区は「福岡」にあたり、「博多」には含まれないが、同じ福岡市中心部のラーメンである。 | + | すでにニホンオオカミは絶滅させてしまっているんですから、熊もいっそこの頃に絶滅させていれば、近現代に至るまで、人間が殺され続けないで済んだというのに・・・。 |