ユーザ用ツール

サイト用ツール


石狩沼田幌新事件


差分

このページの2つのバージョン間の差分を表示します。

この比較画面にリンクする

両方とも前のリビジョン 前のリビジョン
次のリビジョン
前のリビジョン
石狩沼田幌新事件 [2024/11/05 20:34]
moepapa
石狩沼田幌新事件 [2025/01/06 19:54] (現在)
moepapa
行 6: 行 6:
  
 です。 です。
 +
 三毛別羆事件同様、大正時代の頃だったため、猟友会も無ければ、熊対策グッズもない、家も今のように鉄筋作りの頑丈な家などないため、ひとたびヒグマのような猛獣に狙われると、人間たちは人数がいても無力だった時代ですね。 三毛別羆事件同様、大正時代の頃だったため、猟友会も無ければ、熊対策グッズもない、家も今のように鉄筋作りの頑丈な家などないため、ひとたびヒグマのような猛獣に狙われると、人間たちは人数がいても無力だった時代ですね。
  
 そのため、原因となった熊が一頭でも、恐ろしいほどの被害が出ていたことがうかがえます。 そのため、原因となった熊が一頭でも、恐ろしいほどの被害が出ていたことがうかがえます。
 +
 +せめてこんな危険な熊生息域に住む人々には銃が配られていたら・・・。
  
 ---- ----
行 15: 行 18:
  
 事件の現場となった石狩沼田の幌新地区は、留萠本線の恵比島駅から北東4 - 8kmほど離れた地区である。地名の「ほろしん」は、地区内を流れる雨竜川の支流・幌新太刀別川(ほろにたちべつがわ、アイヌ語で「湿地を流れる大きな川」を意味するポロ・ニタッ・ペツに由来)の前半部をとったものである。 事件の現場となった石狩沼田の幌新地区は、留萠本線の恵比島駅から北東4 - 8kmほど離れた地区である。地名の「ほろしん」は、地区内を流れる雨竜川の支流・幌新太刀別川(ほろにたちべつがわ、アイヌ語で「湿地を流れる大きな川」を意味するポロ・ニタッ・ペツに由来)の前半部をとったものである。
 +
 +----
  
 ===== 事件の経緯 ===== ===== 事件の経緯 =====
行 51: 行 56:
  
 加害クマは、体長2m、体重200kgの雄成獣だった。解剖の結果、胃からは大きな笊一杯分にも及ぶ人骨と、未消化の人の指が発見された。 加害クマは、体長2m、体重200kgの雄成獣だった。解剖の結果、胃からは大きな笊一杯分にも及ぶ人骨と、未消化の人の指が発見された。
 +
 +----
  
 ===== その後 ===== ===== その後 =====
行 63: 行 70:
 <iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/gKZLSM85cWk" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe> <iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/gKZLSM85cWk" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe>
 </html> </html>
 +
 +----
 +
 +この事件といい、[[三毛別羆事件]]といい、これだけ人が殺されてきたというのに、熊と全面戦争をして滅ぼさなかったのは先人達が愚かという他ありませんね。
 +
 +すでにニホンオオカミは絶滅させてしまっているんですから、熊もいっそこの頃に絶滅させていれば、近現代に至るまで、人間が殺され続けないで済んだというのに・・・。


石狩沼田幌新事件.1730806492.txt.gz · 最終更新: 2024/11/05 20:34 by moepapa